指揮者のつぶやき

「見えてくる」

「見えてくる」という感覚があると思います。

パラパラと1年前の日記を読んでいると、
「考えが幼いな」と思って、その日記の下に赤色で
現在の考え方を書き込んだりしています。

その一年の間に、周りの人間に触れ合ったり、
先生から学んだり、自分の経験を通じて、
「考え」は変化していったのでしょう。

「人間は学ぶことのできることしか学ぶことができない」(内田樹)

言葉を発信する者が、
一つの情報を伝えているつもりでも、
受けとる側はその器に合わせて、
それぞれ違うことを学び取ってゆく。

内田先生はそれを「学びの主体性」と表現します。

私は12月14日にtwitter上でこうつぶやきました。

「『自分の小さな器から跳び出て、
他人から言われたことを、ただただ素直に受け入れる。
そうやって前進していきなさい』と言われている。」

私は先輩から
「橋爪は器の小さい人間」
「人から言われたことを素直に受けとれ」
と言われ続けています。

自分自身でもそう思います。

一年前に書いた日記を「幼いな」と思えるように
なったということは、少しは「器が大きくなった」
ということでしょうか。

ただ、一年前に書いたことは、その時
本当にそう思って考えていたことなので、
その時の「考え」も受け入れつつ、
かつ今の「考え」も受け入れつつ、
生きていきたいな、と思っています。

EVANについても同様です。

私はEVANで活動するメンバーを無条件で愛しています。
(ほんまに!でも「甘やかす」という意味ではない)

みんな、色々な状況で生活しています。

前で進行していると、言葉を交えなくとも、
その人の、その時の雰囲気とか感情の揺れとか、
「気」のようなものを確かに感じます。

それを全身で受け止めて、
かつそれらの「気」をまとめていくのが、
前に立つ者の重要な仕事の一つだと思います。

まとめるには
「あるもの」を立て、
「あるもの」を削る、
という選択を迫られる時もあります。

考え無しに、選択しているのではなく、
「大切だ」と思うことを選んでいるつもりです。

もちろん、冒頭で書いたように、
その選択は「幼かったな」と思うときもあります。
失敗も数知れず。

結局、そういう失敗をしながらも
「続けて行く」しかないと思います。

2011年05月05日
カテゴリ:指揮者のつぶやき


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