託児付き合唱練習の様子

本格的に託児ルームを運営しながらの活動を開始して、2カ月になりました。
試験的に顔合わせをしていた時期や、ちょっとしたイベントごとなども含めると、多い子同志では既に10回くらい顔を合わせているかも。
すっかり互いを名前で呼び合う仲となり、保育士さんとも小慣れてきて、小さな社会が生まれています。

託児にかける思い(団として)

エバンは、子育て世帯のための合唱団になるのではありません。

音楽で人(歌い手、聞き手、地域社会)を幸せにするために、良い演奏をすること。
そのために、全ての合唱/音楽を愛する人に、表現者であり続ける場を提供することを目的として活動します。

しばらくの間、優れた練習環境を確保できていなかったために、音楽活動を行う場として物足りないな、と思っていた方。
子供が居ることで、皆に迷惑をかけてしまうと思い、練習参加をためらっていた方。
仕事が忙しく、何を練習するのか、何を目的に活動するのかがぼやけ、なかなか気が乗らなかった方。
仕事や家事、育児だけに忙殺されるだけの人生を延々続けるだけなのは、どうにも味気ないなと思う方。

そんな方に戻ってきてもらいたい、また一緒に歌いたい。
託児は、そういう思いを実現するためのひとつの試みに過ぎません。
異ジャンルとの絡みがあってもいいし、ゴリゴリの合唱曲をやってもいいし、爺婆にでもなれば、介護付きの合唱団になるのかもしれません。

10年やってきました。
またさらに10年、歌とともにある人生を皆さんと作りたいのです。

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ここまで、8月の初回練習前の呼びかけメッセージです。
この思いは、今も、これからも根底にあります。
託児/保育は、より良い音楽を作るために、そして、メンバー達(子のあるなしに一切かかわらず)と、次のステージに上り続けるために始めたことです。

今のエバンの特色ではありますが、目的ではありません。
引き続き、全て音楽を愛する人に、門戸を開いています。

10月に入り、20代の見学者の方にもお越しいただきました。
12月の本番に向けて、順次曲作りをしているところです。
いつでもあなたの見学・体験を歓迎しています。

託児にかける思い(親として)

練習後のプチコンサート。座って聴ける子もいれば、よじ登って聴く子も 笑

休みの日にまで、あえて我が子と離れて道楽の時間を持つ、ということ自体に、一片の後ろめたさもない、という親メンバーは、今でも少ないのではないかと思います。
私達は「子どもを犠牲にして、親の趣味を優先させる」というエゴに基づいて行動している、とのそしりを、完全に免れることはできないと思っています。

しかし、また一方で、あらゆる親子の時間の在り方について、選択肢が用意されていても良いと思っています。

例えば、専業主婦の団員は、文字通り、四六時中我が子と一緒にいるわけです。
多くの先輩方はそうしてきたし、共に過ごすことが、子を育てるということであり、親の義務であるという価値観を信じてきたはずです。

一方で、少子化の風吹きすさぶいま、核家族化の進行やきょうだいの減少、地域・職場のコミュニティの断絶により、結果的に孤立無援の育児に耐える人が増えました。
以前より格段に近所付き合いは減りました。同世代の子育て当事者は減りました。相互不干渉を良しとする風潮もあります。

情報が溢れているせいで「子育ての常識」が、異世代間はおろか、同世代間でさえ一致しない。アドバイスが嫌味に聞こえたり、親切がおせっかいになったり。
そんなつもりじゃなくても、予期せぬ誤解から険悪な空気が流れたり、そもそもスマホから顔を上げてくれない、声をかけても、届かない。

育児当事者の誰もが、いま、悩ましい環境に身を置いていると思います。
孤独でないようで、孤独。
いつでも繋がれる人が、小さな画面の先に無数にいるのに、目の前の我が子との繋がり方が、時にどうしようもなく難しい。
みんなどうしてるのか。どうすればいいのか。

答えなんて、ないんです。

子どもと親との関係は、無限の変数に操られた、きわめて不安定な関係です。
一つとして同じ人物も、関係性も、瞬間も、ないのだから。

だから、息抜きが必要です。離れる瞬間が必要です。冷静さが必要です。
なにより、仲間が必要です。
365日、24時間、一人で対峙し、密着することが育児ではありません。
人を人たらしめる、人を人として育んでいくという途方もない行為に、一人で立ち向かおうとすること自体が、無謀であり傲慢であると、私自身、5年間の育児歴で思い知らされ続けています。

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エバンでの託児/保育の経験は、子どもにもたらす影響もさることながら、親にもたらす影響が、存外大きいと考えています。

大人たちだけで集った練習室に、 数年ぶりに訪れた静寂が、得も言われぬ喜びに変わるあの瞬間を、私は忘れることができないでいます。

音楽に身をゆだね、思い切り歌った後の、あの爽快感、高揚感。
くよくよ悩んでいた日常の些事が晴れていく感覚。
掛け値なしの楽しさ。
そして、子どもたちのところに戻る満足げなママたちパパたちの笑顔が、彼らに与える影響を、思わずにはいられません。

歌って、音楽って、やはり、究極の遊びなんですよ。
遊ぶことが楽しい、いつまでも遊んでいたい。
でも、もうおしまい。

そんな練習を通して、遊びの感覚を思い出す。遊びの虜になる感覚を思い出す。
それを、また子供との遊びに活かしていく。
「本当に楽しい」を思い出すことで、また一つ、子どもと繋がることができる。

そんなことを思っています。

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