何かの傍ら、合唱、音楽をするということ

写真は、練習場所の伏見区のカフェ「マンヘイ」にて。
21日の小さなコンサートで、今年は歌い納めました。

少人数だったため、保育士さんを呼ばず、子どもたちも自分たちで見れるだろうと思いましたが、まぁ、あれだ、予期せず仕事入ったり体調崩したり、いろいろすったもんだの末、大人が減って子供が減らない。

結果。
大変!笑

練習中は水とかジュースとかこぼさないかヒヤヒヤだし、本番中もどっか走って行っちゃうし、止める人いないし、足元で誰かの楽器触り出すし。

育児しながら合唱を全部自力でって、無茶だな~!
と改めて思うとともに、一歩踏み出して託児をはじめてよかったなと、思い直しました。
保育士さんすごい。

* *  *

さて、育児の傍ら、仕事の傍ら、要は、何かをしながら合唱、その他音楽活動をするのはしんどいですね、という話。

人生において、しんどい事をわざわざする必要はないのだけど、往々にして、好きなこと、楽しいことには、しんどさはつきものだし、何事もある程度は受け入れないと始まらないと思います。

仕事だけして、あとはただ消費するだけの暮らしなら、どれほど楽か。
音楽にせよ、美術にせよ、表現で人の琴線に何らか訴えようとするならば、そこに何の犠牲もないという状況は存立しにくいのが実際のところです。

犠牲とは、具体的には練習にかける時間、身体含めた道具のメンテナンスや鍛錬、訓練、モチベーション管理、メンタル管理、理論体系の習得やアップデート、譜読み、音取り、歌い込み、和音の確認、運営に関する雑事…
要は「手間暇」です。

その過程を、我を忘れて取り組めるのが趣味なのだという考えは、20代のころは持っていたけど、30代も半ばに差し掛かり、公私ともにこうもいろいろとやることが多いともうね。

ただ、何もそこまでしなくても、という話でもあり、プロではない限り、人によってどこまでやるかはまちまちでもあって。

趣味という意味においては、しんどいなと思わないところ、心地よいところに留めておくのも、長続きの秘訣だったりするし、長続きすればこその上達という要素も現にあるわけで、その「あんばい」をどうするかはもう個々に任せるしかないわけです。

そのまちまちなものを一緒くたに織り上げる営みもまた、無理難題そのものでありまして。

個々の中では、ある時、自らやってみようと思い立って始めた音楽。
そして合唱団にせよ、バンドにせよ、楽団とは音楽する中でなにか便益(金銭でないにせよ)を得ることを目的とした集団であるはずです。

しかし、そのプラットホームの中には、葛藤が必ずある。
誰もが、同じではないから。
目的も違えば、目指すものも、音楽という営みに求めるもの、持ちるスキルレベル、何もかも一致しない。

休日にリフレッシュしたいだけの人もいるし、音楽の芸術的価値を深めたい人もいるし、単純にみんなとワイワイ過ごすのが好きな人だっているよね。
多少無理してでも合唱にのめり込みたい人がいる一方で、仕事には影響のない範囲で、気楽にできる範囲にとどめたい人もいる。
全員、いていいよね。何が正しいとかではない。

個々に性格も違うし、キャリアが違う。

音楽の楽しみ方っていうのは、音楽へのスタンスそのものである。
それを娯楽ととらえる人もいれば、人生を賭ける人もいる。

音楽で飯を食う奴もいれば、音楽するために労働してる奴だっているわけで。
歌う、奏でるだけが音楽ってわけでもない。

なんにせよ、音楽は、とてつもなく大きなエネルギーの要る活動なんです
そのエネルギーをどこからどう持ってくるか、メンバー皆が、大なり小なり、その悩みと共にあるはずです。

一度や二度、一年二年とやるだけなら造作ないんですよ。
これを10年20年ともなると、迷うわ揺れるわ、ときに嫌いにもなるわ。

2019/12/21 風連堂コンサート、開始前の様子

んでもね、やっぱ楽しくなきゃ続けられない。
楽しいっていうのは色々あるけど、一つ大事なのは、手応えかなと。

効いてる効いてるっていう、効力感。
積み上げ、良くなっていくという実感。
地道な練習の日々を一瞬の本番で開放するカタルシス。
積み上げたものを、存分に発揮できることへの満足感。

あるいは、承認。
いいね、すごいね、うまいね、かっこいいね、きれいだねという賛辞あるいは拍手。

そういう意味では、育児しながらの音楽、子供見ながらの練習っていうのは、集中できないから、積みあがってく感が乏しいんよね。

もっとうまくやれるのにそれどころではないという、無力感というか。こんなに大変でこんなに中途半端で、もう私いったい何してぇんだっけ???ってなる脱力感。虚無感。

そこから逃れたくて、色々と試行錯誤をしている最中です。
手ごたえはあります。
しかし、まだまだだなと思うこともあります。

* * *

そんな苦しみの中、みんなとこうして今年も音楽できたのは奇跡で、そんなみんなを乗せたプラットホームであるこの合唱団が未だにあることが奇跡で、ああだこうだ、なんやかんやと御託を並べても結局音楽の魔力には捕まったままで、逃げても離れても結局また舞い戻ってしまう自分を笑うしかないわけ。

人間は移り変わる。

エバンの仲間たちは、それぞれの人生を進める中で、たまたま今一緒にいるだけ。

そんなみなさんに、今年一番の拍手を。
最大限の喝采を!

今年の活動。練習はともかく、演奏活動については、例年に比して目に見えて充実したものでは決してなかったと思います。
託児を始めて、変えようと試みて、、変わったこともあったし、変えられなかったこともあった。

一方で、それを踏まえて、来年はこんなことをしようとか、変えていこうという部分も多々あります。

それはそれとして、なおしかし。
今年があったから、来年もみんな一緒、というわけではない。

だからこそ、やはり何度でもお礼を言いたいわけ。
いつも、今回が最後だなって、思ってるわけ。

自分たちの音楽で、誰かの心を温めたり、揺さぶったり、火を付けたりしてきたことを覚えています。
そして、自分たちの音楽で、人の心をほんのちょっぴり動かしてきた事実を、誇りに思っています。

そのことを糧にして、どこかで頑張ってる昔の仲間をときどき思い出します。
いつかまた一緒にと、願っています。
まだ見ぬ出会いに対する期待もあります。
どんどん新しい方に入ってきてほしいと思っています。
音楽、合唱という前向きなエネルギーで、社会のひと隅を照らす、私たちなりの音楽への取り組み、模索に、思いを重ねる方が増えてほしいと願っています。

単なる趣味としては、まだまだうまくいかないこともあるけれど、とってもとっても意義深く、面白いことをやっている、やらせてもらってると、思っています。

そんな未だ青き自分を見放す事なく、来年も歩みたい、あわよくば、皆と歩みたいなと、思っております。

歌い手メンバーの皆さん、日ごろの活動で関わる各施設・イベント運営スタッフの皆さん、聴衆の皆さん。

今年もお世話になりました!
来年もよろしくお願いします。

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